↓2:56:30~の書き起こし
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ソクラテスは言ったよね、Verba volant, scripta manent(発音は違うがおそらくこの格言の話をしている)、言葉は過ぎ去り、文字はその場に留まる……
アーカイブって面白い存在だよね、アーカイブって面白いよね アーカイブっていう存在はさ言葉であってまた文字である訳だよ 記録可能な言葉というのかな あるいは揮発性のある記録とでもいうのだろうか なんというか これは実に面白い!アーカイブって存在は!かのギリシャ人たちが考えたその外側にある何かであると、私は思うんだ!その折衷である
私は和洋折衷の服装が好きだよ 同じように、これは言葉と文字の折衷なんだよ アーカイブってのは文字起こし可能であって、同時に言葉である 情熱というものを伝え得る何かであって、また文字という情報に落とし得る何かなんだね だからこそ素晴らしい!実に素晴らしい!この情報社会というものは、我々にとっては、或いは私にとっては都合が良すぎる!
(高笑い)……なんでこの世界に生まれたんだろうか、なんでこの時代だったんだろうか 思う瞬間がある
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(酔った人間の配信活動にはあまり賛同しないんですが 素面では話さないような話題が出てくるので興味深い 当人が思考したい話題が脈絡なく出てくるし、上記の話題も、急に始まり急に終わったために前後は全く別の話をしている)
言語活動を会話(/パロール)と文字(/エクリチュール)の二つに分けたとき、Vtuberの活動というのはその折衷にあるのではないかという話
伝達速度のアドをとるパロールと、記録媒体としてのアドをとるエクリチュール、の利点両方を兼ね備えている、というのは確かにその通りで ほぼラグのないYoutubeLiveの発話はほとんど実時間と並行される情報伝達手段であり、またアーカイブに残りさえすればいつ何時も振り返ることが可能で、記録として形をそのままに保存される
一方で、Vtuberに限らずゲーム実況者や生主(死語かもしれない…)もその折衷を体現できる 実時間に応じた音声での言語活動もあるし、アーカイブ、動画媒体の巻き戻し可能な記録媒体としての言語活動もある だからミラン・ケストラルの指摘は少し否定される形になるが、やはりVtuberが会話と文字の折衷を擁する存在に変わりない
Vtuberになにか特異性があるとすれば、やはりその肉体にこそあるだろう 望むなら永遠に身を預けられる、衰えない、2次元の肉体 まるで人間とは違い、年をとっても見た目の変化が起きず、美しいままを保つ
配信のアーカイブに現れる姿と今現在配信している姿が見た目には同じゆえ、いつ見ても同じ人物が目の前に佇み、都合の良い姿を差し出し続ける 過去に配信していた人が形そのままに今この瞬間も現れることは視聴者の時間間隔を鈍らせ、温かみと恐ろしさをもたらす
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・Vtuberの肉体と時間感覚の歪み
https://x.com/hahennami/status/1840059081484292263?s=20
[vtuberって、年を取らなかったり見た目の老いがないという点で過去と現在をつないでるともいえ、ミュージアムのモチーフと近からず遠からずかもしれないすね...]
↑襦烏風亭らでんさんがReGLOSS 3Dライブ「Reach the top!」で『未来のミュージアム』をcoverしていたときの弊ツイート
絵画や美術品に造詣のあるVtuberのらでんさんが、『未来のミュージアム』を歌っているこの取り合わせの代えようのなさが最高

Vtuberの配信形態というのは、ただ一つ、不変の肉体を介して現れる訳なのですが 配信のアーカイブに現れる姿と今現在配信している姿が見た目には同じゆえ、いつ見ても同じ人物が目の前に佇む
過去が過去その時に観測された形を保ったまま現在に現れることが可能で、ミュージアム―過去の大事にすべきものたちが確かに保存されゆく場所―のような肉体/表現形態だ
(例外として、モデルのデザイン変更や刷新がなされることもある 大きく変更された例だとAZKIとか安土桃とか先斗寧とか 最近だと笹木咲や結城さくなもモデル変更が行われていた 名取さなも今となってはだいぶ初期の話だが3D2Dともに2021年に刷新された3代目のモデルを使っている)



Vtuberの肉体そのものが、過去から未来まで同じ姿を遺し続け、全てを保存するミュージアム足りえる存在で ミュージアムが過去と未来をつないでいくことの賛歌を歌う姿が今立っている場所を、現在を過去にしていく
実時間が流れていても、過去を観測できるなら時折眺めるべきかもしれなくて 時間の流れが乱れているときに強く思い出したり、あえて記憶から突き放していたいと思う
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・名取さなのナース的半生の捕捉
名取さなの話をする 彼女は、不変であることよりも変わり続けることに重きを置いているように見える かつ、アバターを演じることに非常に誠実だ
・鎧の扱われ方
名取さなの配信は、名取さながバーチャルサナトリウムに勤務するナースである「設定」のもとに話が進んでいくのだが、ある地点でそれが「設定」であることを明かした 「ナース」ではないがバーチャルサナトリウムに住んでいて、「ナース」のフリをしている、ということらしい ナースのフリをする名取さなが、ナースではない名取さなを塞ぐ形で配信上に現れ、「設定」は現実世界のリスナーと何を共感するかの線引きとして表現される
外出許可が降りない名取は、雑談配信の話題と言えばひたすらにインターネットの話題に終始し、綺麗なインターネットから汚くも可笑しみを交えたインターネットまで、広く拾う その中で外出を伴う社会の話、学校や就労などの話題は避けられる そういう話題選びが意図されたものかわからないが、内向的な趣味の人間にとって心地よい場になっていただろうし、インターネット文化を好む人がファンに着きやすい印象がある
一方で、近年では、クラブイベントを主催したり、動物園とコラボしたりと、名取さな自身は外に出ないもののファンは外出する必要のある催しが目立つようになった
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「名取は、自分の活動を通して、みんなにいろんな体験をしてもらって、名取が居ないところでも豊かに生きていてほしいなって思っています 勝手だよね」
名取さな 2nd Live「独ゼン者」昼公演MCより
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名取さなが居ない場所や、名取さなのいないインターネットであっても楽しみを見出してよね、と言われているんだと思う 突き放すのではなく、一定の距離を置いてこそ長く付き合っていける?という話 (名取さなが本当に「ナース」として現れたいのであれば、それは一時的な付き合いであるはずであり 優しく誤魔化していく時間のそれらはいつか、ゆっくりと手放していくことになる、のでしょうか)
ここ1,2年で、名取はリスナーのことを「せんせえ」と呼ばなくなった代わりに「あんたたち」とか「お前ら」とか「みなさん」と呼ぶようになった 口調が粗野であることは問題ではない ナースと「せんせえ」の対話、つまるところ一対一だった関係値がナースから「あんたたち」への一対不特定多数に変化したことが重要だ 一対一の近く閉じた関係性から、名取さなを発信元とする広く平等な関係性になったと感じる
実際には「ナース」でなくても、聴いてて絆される瞬間があるし、折に触れてファンを慮る人だし、ナース衣装着て配信してるわけだし 広い意味で「ナース」らしい人だと思います

(↑どういう話題の流れ?)
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・さなのばくたん。の特異さ
誕生日イベントの「さなのばくたん。」で広げられる物語の多くは分裂した名取さな達によって行われる
「ナース服の名取さな」、「制服の名取さな」、「キョンシーの名取さな」、「デビル名取」などは、それぞれ別の人物/自己、として存在する おおむねイベントが開催されるたびに(毎年1体)アバターが増え、それぞれのアバターらしい振る舞いをする名取さなを見ることとなる (近年はその限りではない、気がする)
多種多様のキャラクターらしい振る舞いが行われ、役割を演じることに徹される
変遷とともに多角的な「名取さな」を生み出し、実際の名取さなの像は埋もれたり揺らいたりして、ひたすらにエンタメであり続けている、というのが私が見ている名取さなの像だ
肉体は衰えず、ずっと17歳で かと思えば自己が少しずつ明かされたり、知らない面、役柄が見られたりと、変わり続ける部分が多い Vtuberもとい名取さなには、二次元の中にたっぷりと人間らしさがあり本当に魅力的です
人生をやる中でふと配信を観たとき、(それが最新の配信でも、アーカイブでも)見知った顔でネットの話をしてくれることを非常に幸運に思う 変わるものと変わらないものが同時に存在する都合のよさを好みますし、いつまでも17歳で居続けるようなVtuberのあり方が存在することをありがたく思う
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追伸...(4/24)
1:13:35~の1分間弱に名取さなの好きな部分が詰まりすぎてて頭抱えるし、たまに見返していく感じになっていく......



































































